水曜日:しかし幽霊はいた

 昨日は古着屋へと足を運んだジョージは、早速デートに備えて購入した服を着て出かけることにした。いつもと違う、少しお洒落になった自分を、吉子はどう反応してくれるだろうか。それが楽しみで仕方がない。ウキウキと歩くジョージは待ち合わせの駅へと向かった。

 待ち合わせに5分ほど遅れて着くと、吉子は知らない男性に話しかけられていて困っていたらしく、少し不機嫌だった。そのせいか、今日のジョージの服装には一切触れず、ジョージもなんだか寂しい気持ちになる。デートの出鼻をくじいてしまった自分の遅刻を悔やむばかりである。

 今日はジョージが知り合いに教えてもらったベトナム雑貨の店に行くことになっている。

 2人の足取りはこころなしかおぼつかないが、会話が弾んでくると、いつものように仲のいいカップルへと戻って行った。

吉祥寺駅公園口から徒歩で10分ほどすると、静かな通りにひっそりとある店に着いた。そこが雑貨屋「moc choi」である。

静かな店内に入ると、洗練されたブランドインテリアとはまた一味違う、手作り感あふれる温かい雑貨が並んでいた。店内は主に服はレディース中心においてある。メンズも多少おいてあり、どれもレトロなデザインだった。ほかアクセサリーやインテリアなど、どれも一風変わっていて面白いものが多い。変わりものを好む志向の2人は天国のような場所だった。さらに高鳴る気持ちは天を仰ぐように、2人の目は輝き、その空間は幸せに満ちていった。

店長さんと話してみると、さまざまなことが聞けた。

このお店は店長が大学を卒業後、服飾専門学校に通い、下北沢の店に就職、その後ベトナムに行ったことをきっかけに始めようと思ったと言う。お店の商品は現地で買い付けしており、知り合いに委託する。アトリエがベトナムにあり、そこに注文もする。セミオーダーの形も取っており、注文を受けてからベトナムで作られる。

商品はベトナムの中でも珍しいものを扱っているらしい。80年代の、今ではベトナムでも日常に使われていない品であるらしい。

店内の内装について気になったので聞いてみると、“アジア好きのフランス人の家”だとか。昔読んだインテリア雑誌の影響らしい。

見ているだけでも楽しいお店とは、こういうものだろうか。ジョージはブランドを意識しようとしていた自分の考えを改めた。自分が本当に好むもの、それが見つかった気がしたのだ。

べトナム雑貨屋に満足した吉子とジョージ。まだデートは始まったばかり!!とばかりに意気揚々と歩き始めた二人だが、運の悪い事に空は更にご機嫌を損ね、ついに雨が降り出し始めてしまった。ふっ、お天気よ、そんなに二人の仲が羨ましいのかい?とジョージは気取って話したが、吉子はそんなジョージをさっさと無視して雨宿りの場所を探していた。とりあえず駅前に避難した二人。太陽が戻ってくるのを待つが、雨脚は更に強まっていくばかり。次第に不機嫌になっていき口数の少なくなっていく吉子、それを見て焦るジョージ。まずい、普段は行かないような、少し趣向のこらしたデートを考えていたのに、これでは吉子を怒らせてしまうだけだ。何か他に手段はないか…しかし、雨のカーテンで行動範囲は狭められている。このままデートは終わってしまうのだろうか…

 いや、ある。吉祥寺にしかない変わった場所で、しかも雨の日には更に楽しめる最適の場所が…渋る吉子の手を引いて、ジョージが向かったのは南口にある遊麗、その名前からも想像できるように、お化けのゆうれいをコンセプトにした居酒屋である。入り口はまるでお化け屋敷のようで、吉子は入るのを少し躊躇する程であった。しかしジョージの強引さに負け、意を決して入ると、三角頭巾を被った幽霊のような店員が出迎えてくれた。いきなりであったが、そのインパクトの強さに吉子は思わず噴出してしまった。よし、成功だ!!人知れずジョージはニヤリと笑う。店内もわざと床のタイルをはずして凸凹にしてあって雰囲気を出したり、突然スモークが噴出して驚かせたり、話が盛り上がった拍子に手を叩いたりすると蜘蛛もおもちゃが落ちてきたり…もう本当に居酒屋というのが疑わしく感じられるような仕組みに溢れている店内、しかし本当に楽しく飲めるのは間違いない。

 しかしどうしてこんなお店が誕生したのだろうか。お化けの皆さん…もとい店員さんの話を聞くが、閻魔様が決められたから、などの返答しか返ってこず、真相はよく分からない…ただ、閻魔さまも、今まで吉祥寺になかったようなお店を作ろうとしたらしいとのことで、確かにこんなに個性的で面白いお店をジョージは他に知らない。まぁ閻魔様の決定なら、人間になど逆らえるはずはないんだけどね!!

 お店のサービスも充実しており、誕生日のお客には、命日として祝ってくれたり、ボトルキーパーもやっているという。料理も工夫されていて、藁人形のような形をした揚げ物など見た目も満足の料理がたくさんある。しかもとても美味しい。これだけの充実した内容だからこそ、家族連れやご年配の方も多く、大学生の女子会などにも利用されるなど幅広い客層が集まるのも納得である。

 もちろんご機嫌斜めだった吉子のご機嫌も治り、二人は大いに飲んで夜を過ごした。デートも大成功で、ジョージはこんな変わったデートもまたやってみたいと思うのであった。