月曜日:優雅な平日

就職活動に終止符も打ち、膨大な余暇を得たジョージ。毎日、家に居てももったいない、時間を無駄にすればするだけ後には損をする。そう思うと何か行動を起こしたくなったジョージはこれを機に吉祥寺を散策することにした。

 吉祥寺といえば、老若男女、多種多様な人々が混在する街である。その中でまずめぐるべき場所はどこだろうか、そう考えたとき、脳裏に浮かんだのはカフェ好きの友人だった。吉祥寺には相当な数のカフェがあるらしく、それぞれの店独自の雰囲気を持っている。とりあえずカフェを探し、疲れた心を癒そうと、ジョージは外へと出た。

行く先は何処とは決めてないが、ふらつくジョージ。相当な数のカフェがあると聞けば、歩いているうちに出会うに違いない。しばらく見なれた街の景観を見つめながら、吉祥寺駅の北口から高架下を歩いていった。

すると、向かい側からひとり女性が歩いてきた。その見覚えのある顔は、高校時代、仲の良かった同級生だった。

目が合った途端、「久しぶり!」と、そう会話を交わすと現在の状況や高校時代の思い出話へとどんどん話は移って行った。立ち話もなんだと思ったジョージは思わずその同級生を連れ、カフェへと行くことにした。吉子というれっきとした彼女はいるものの、ジョージに躊躇はなかった。ただ、2人でいるところを吉子に見られると、少々気まずいものがある。同級生はにこやかに隣を歩き、まるでカップルのような雰囲気を醸し出す。まぁ大丈夫だろう、とジョージは自分に言い聞かせた。

最初に目についたのは、テラスのあるカフェがあった。名前は「Cafe ZENON」。カフェとはひっそりとたたずむもの、狭い階段を昇った先の2階にあるもの、など安直な考えを持っていたジョージの概念を覆す大きなカフェだった。大きな窓ごしに店内をのぞくと、カフェというよりはレストラン、あるいはバーのような雰囲気だった。

一瞬で心を鷲掴みにされたジョージは心の赴くまま、店内へと足を踏み入れた。

店内はとても開放的だった。天井が高く、シートはゆったりとくつろげるタイプである。午後のカフェは優雅なマダムたちで賑わっていて、自分も優雅な気分を味わいたい、そう思った。

ジョージは壁際の席に座り、ジョージはランチメニューを、同級生の女子は季節限定のドリンクを注文した。

 エキゾチックなスタイルに目を奪われ、ランチを運んできた店員に思わず質問してしまった。これはジョージのいつもの癖である。人見知りせず、気軽に店員さんと会話を弾ませてしまう。興味あることは知っておかないと気が済まないたちなのだ。

店員がいうには、店員が以前、マネージャーに話を聞いたところ、吉祥寺はジャズや文化の街でもあり、中野や秋葉原もマンガの街だが、吉祥寺に旗をたてることで中野や秋葉原とは違う分野で発信したいと思い、このカフェができたという。

「マンガ雑誌は売り上げが落ちているが、他にマンガを伝える媒体はないか考えていて、カフェという空間での表現がしたいと思った。マンガを押し付けずに身近で楽しいものだということを知ってもらえて、読むきっかけになってもらえればいいと思う。マンガを通して幸せになってもらいたい」と、そのような気持ちが込められているらしい。

そこで、ジョージは店内を見回してみた。ただの変わったインテリアではない、そう感じたジョージは店内のインテリアについての話を聞いた。

店内のシャンデリアと床と壁にはこだわりのポイントがあり、シャンデリアには北条司さんが使用したペンがぶら下がっているという。床はコマ割りになっていて、全ての床を繋げて見ると、北斗の拳のワンシーンになる仕組みで、さらに壁はキャッツアイのシルエットが施されているという。

 周りを見渡すと、客層の8割が女性だった。店員いわく、実は20代前半やマダムといった漫画に無縁な方が多いらしい。テラス席はペット連れのお客様にも利用できるようになっているらしい。

ジョージが食べ終わると、皿には北斗の拳のセリフが書いてあった。

店の皿には当たりがついていて、30%のお皿にセリフがあるという。

今日のジョージは運がいいようだ。普段、あまり運のよくないジョージもつい笑みを浮かべてしまった。

その後、2階席が気になったジョージは店員に申しつけ、2人で一緒に2階へと上がっていった。2階は画廊になっていて、企画展が開かれることがあるらしい。日々新しいことをしていて、毎回来ても飽きないよう工夫されている。企画展はオーダーなしでも見られるようになっていて、気軽に立ち寄れる。これならさしてお金に余裕のないジョージもふらっと立ち寄ることはできる。

 そこで店員がやってきた。

飲み物のご注文はいかがかと尋ねられた。エスプレッソ系が人気でオススメらしく、当店のエスプレッソマシーンはこだわりのもので、日本でも数台しかないという。

 そう言われて注文しないわけにはいかない、早速ジョージはエスプレッソを注文した。

メニューのコンセプトはオーガニックジャンクといって、ヘルシーでかしこまれずに食べられるものが多い。ランチメニューは1ヶ月で4品全て変わり、季節毎に違ったメニューを楽しめるようになっていた。

 カフェゼノンでのひと時を終えた二人は、その後も吉祥寺を特に目的も無く歩いていた。普通なら時間を持て余して困ったりするのだろうが、街の様子を観察しているだけでも楽しいのが吉祥寺のいいところである。最も、特に目的を定めずに行動するのは、ジョージの人生に一貫したことであるのだが…時間は過ぎていき、夕方近くになった。お腹も空いてくる頃である。どこかに空腹を満たす良い場所はないものか…そんな事を考えていたジョージの目に、とあるお店が目に入った。おしゃれなロゴが扉に書かれている、女性でも気軽に入れるような雰囲気のラーメン屋。そう、ジョージはこの店を知っている。たしか楽々という名前のラーメン屋である。何度か足を運んだことがあるのだ。しかし、ジョージの頭には疑問が浮かんでいた。確か楽々は月曜日が定休日であったような気がするのだ。しかし今、目の前で月曜日に楽々は開店している。よく見るとその店には「磯部水産」と書いてある。これはどういうことだろうか。ちょうどいいタイミングなので、早速店に入ってみる。

 店に入ると、いつもと同じ内装で同じ店員が働いている。やはり楽々で間違いないようだ。何故今日もやっているのかということを聞いてみると、定休日を無くし、セカンドブランドとしてこの「磯部水産」を始めたのだそうだ。なるほど、確かにメニューが少し変わっている。今日だけしかないメニューもあるようだ。これは面白い…二人は、その限定メニューを注文し、席に座った。この日は冷やしラーメンがメニューとしてあり、さっぱりしていて食べやすく、とても美味しかった。普通のラーメン屋とは少し客層が変わっていて、若い人や女性は多いので、居心地がいいのもうれしい点だ。空腹を満たした後はデザートとしてアイスを注文する。これがなんと学割として無料で提供されるのである。店長が成蹊大学出身で、もっと成蹊生に来てほしいという気持ちで始めたという。認知度はまだそれほどではなく、知る人ぞ知る常連やお得意様の愛好ポイントとなっているようである。ずっと学生でいたいものである…ジョージは強く願ったが、そんなアホみたいな願いが叶うはずもなく、店を後にした。

 

 実に優雅な平日だった。学生身分ながら、気品漂うマダムのような気分に浸ったジョージはエスプレッソの香りを楽しみ、店を後にした。

 帰り際、「彼女はいるの?」とジョージは聞かれたが、「どうだろうね」と曖昧に返してしまった。なぜだかはわからない、もしや自分にはこの女性とのロマンスでも期待しているのか、どちらにしろ、ジョージは自分自身の内面に罪深さを負うこととなった。

同級生と別れた後、明日はどこへ行こう、そんなことばかり考えるジョージ。行きたいところはいくらでもある。心の奥の罪悪感はいつしか消えてしまった。この1週間は実に有意義になりそうだ、と確信し、自宅へと歩いていく。